会葬礼状の中に入っていた先生のステキなブロマイド 去り際もお茶目でクール。 |
朝の稽古が終わると、何となく各人いつもの持ち回りのトイレやら、更衣室やら、稽古場の鏡磨きといった掃除。
私はいつもひとりで稽古場の上にある怪しいお香が炊かれている団長の部屋兼、事務所兼、衣装その他の資料部屋の掃除を喜んでやっていました。
何が嬉しいかって、掃除がてら(掃除もそこそこに?)じっくりとバレエ団の過去の貴重なプログラムなどの資料を読みふけることが出来たからです。
戦後間もない頃に外国から日本にやってきたバレリーナ達のレトロな写真に混じって、ひときわ手足の長い日本人バレリーナの写真。
それが小川亜矢子先生でした。
戦後間もなく日本人で初めて英国のロイヤルバレエスクールに留学したという日本人離れした身体のラインにうっとり。
帰国後、バレエ団で踊られた時のステキな写真の数々を一枚一枚眺める毎週水曜日の掃除の日が楽しみでした。
その後、バレエ団を辞めて、ずっと悪くしていた膝のオペをしてリハビリをして、さてどうしようかという時に、亜矢子先生の稽古場にいきました。
それからはつながりはあってもしがらみはない、そんな踊る時間を積み重ねてくることができました。
それもこれも亜矢子先生が日本で初めてのバレエを始めとした様々なジャンルの踊りのオープンクラス、しかもとても風通しのいい、誰にもで開かれた稽古場を作ってくださったからです。
![]() |
お寺から稽古場に戻った時にお塩をパラパラしたのですが、 先生には遠くに行かずにずっと稽古場にいて欲しい。。。 |
亜矢子先生は稽古をする私の横を通る度に「OK、きれいです」とおっしゃっていきました。
最初のうちは嬉しかったのですが、いつもそればかりなのでだんだん先生は私のことをちゃんと見てくれていないんじゃないかと思って、ちょっとムッとしてしまったこともあります。
でも、今は先生の「OK、きれいです」を思い出すと涙が出ます。
もう一度、先生に褒められたいなんて思ったら、きっと叱られますね。
きれいでいたい、今は素直にそう思います。